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藝大生の親に生まれて - 第十回 坂本直樹さん、坂本京美さん(大学院音楽研究科器楽専攻修了の坂本彩さん、同専攻在籍中の坂本リサさんのご両親)

連続コラム:藝大生の親に生まれて

連続コラム:藝大生の親に生まれて

第十回 坂本直樹さん、坂本京美さん(大学院音楽研究科器楽専攻修了の坂本彩さん、同専攻在籍中の坂本リサさんのご両親)

「藝大生の親に生まれて」は、芸術家の卵を子に持つ親御さんにご登場いただき、苦労や不安、喜怒哀楽、小さい頃の思い出やこれからのことなど、様々な思いについてお話をうかがい、人が芸術を志す過程や、生活の有り様について飾らずに伝えます。

 

──まず、おふたりが音楽を始められたきっかけについて教えていただけますか。

(彩) 両親も祖父母もクラシックを聴くのがとても好きで、生まれる前からずっと家でクラシック音楽が流れていました。家にピアノがあったこともきっかけだったように感じます。

(父) その当時は、モーツァルトの曲を聴かせると知能が高くなるという知育ブームもあったので、お腹にいるときからクラシック音楽は聴かせていましたね。

実は僕も家内も小学生の頃までピアノを習っていたので、子どもたちにピアノを習わせてあげたい気持ちがありました。そのうちピアノレッスンに通わせるなら…と思って、音楽系の幼稚園に通わせたんです。

──ということはおふたりは3歳の頃からピアノのレッスンを受けられていた…ということでしょうか。

(母) 3歳の頃は、まずリズムや音遊びなどのリトミックから始まります。そして4歳になったら、ピアノかヴァイオリンを選んでレッスンを受けていく形でした。

──当時はどんな曲を弾いていたのでしょうか。

(リサ) 私は姉が先にやっていたこともあって、幼稚園で始めるより前にピアノに触れていました。幼稚園でコンクールを受けたり、年長さんのときにオーケストラとコンチェルトを共演したこともあったんです。

──年長さんでコンチェルトはすごいですね…。その頃ご両親は、ずっと音楽を続けさせたいと思ったのでしょうか。

(母) その当時は、将来ピアノの方に行ってほしいとかは全く考えてなかったです。始めたばっかりでしたしね。本人たちが楽しそうに取り組んでいたので、そのまま趣味としてでも続けてもらえたらいいかな…って感じで。

(父) そうそう。色んな選択肢の中のひとつとしてね。

──幼少期、ピアノ以外に興味が惹かれるものはなかったのでしょうか。

(彩) 今でも趣味なんですけど、ずっと囲碁をやっています。

(リサ) これも父の影響で…(笑)。

(父) 今はふたりとも囲碁初段なんです。囲碁番組に出たこともあるんですよ。

子どもの頃、旅先の旅館で囲碁をする彩さん(左)とリサさん(右)

──いつ頃からプロの演奏家を目指し始めたのでしょうか。

(リサ) 小学校や中学校でもコンクールをたくさん受けて、とにかくピアノ中心の生活だったので、子どもの頃からプロのピアニストになりたい気持ちは強かったように感じます。

(母) 幼稚園のお誕生日会で、将来の夢についてひとりずつ発表する機会があったんですね。リサが年中さんのときは「園長先生みたいなピアニストになりたいです」って言っていたのですが、年長さんになったら「世界一のピアニストになりたいです」って。

──その当時からそれだけ大きな目標をお持ちだったとは!

(母) でも、彩は「お花屋さんになりたい」とか、「アクセサリー屋さんになりたい」って言っていたこともよく覚えています(笑)。

(彩) 幼稚園のときはそこまでじゃなかったんだよね(笑)。

(父) 彩とリサは3学年違うから、下の子は上の子の頑張る姿をよく見て育つわけじゃないですか。だから彩は自分で道を切り開いていかないといけないから、大変だったよね。

彩の場合は、親もはじめての子育てで分からないことばかりでしたし、「プロのピアニストでやっていくなんて無理でしょう」って親の方が決め込んでしまっている部分もあったかもしれません。

だから中学校くらいまでは、親としては安定した生活を送ってほしいと思う気持ちがありました。でも、いざ高校を決めるタイミングで「ピアノを続けたい」という本人の強い意志があったので、その気持ちを後押ししたいなと思ったんです。

(母) 私達は音楽家ではないので、どうしたらいいかわからないことばかりでした。でも、それだけ強い気持ちがあるなら、応援してあげたいなって。

──リサさんは高校(藝高)から大学院にかけて、そして彩さんは大学院が藝大とのことですが、藝大受験に向けて頑張った日々のエピソードがあったら教えてください。

(リサ) ピアノの練習もあったので、一般教科にはなかなかやる気が出なくて…。ただでさえ実技の準備も大変な中、センター試験を受けなければいけなかったことはやっぱり大変でした。

(母) 合格発表の前に高校の卒業式があって、なんかもうボロボロの状態だったよね。

──実技に聴音、楽典…。一般教科より音楽の勉強をしたいですよね。

(彩) 私は藝大(学部)受験に落ちてしまったんですけど、実はそのときにすごく体調を崩してしまって。そこから別の大学に4年間通って、卒業するときに留学するかもう1回藝大(大学院)にチャレンジしてみるか迷ったんです。

もう1回落ちたら本当に心が折れるかもしれないけど、4年経ったことで少しは強くなったかなと思い、悩んだ末に藝大にチャレンジしようと決めました。そしたら無事に合格することができて、大変だったけど頑張ってよかったなぁって。

──相当大きなプレッシャーもあったかと思います。

(父) コンクールでも結果を多く残していたので、ある意味周りからの期待も大きくて。でも、それが本人にとってプレッシャーになってしまったとも思うんですよね。そうは言われても…みたいな。

もう1回受験して、もし今回も落ちてしまったらとても傷付いてしまうだろうな…と心配な気持ちはありました。それでも無事に合格することができたので、2倍の喜びがあったように感じます。

(彩) 結果発表のときは、妹がものすごい勢いで泣いていたんです。私が引いちゃうくらいに(笑)。

(母) 涙が引っ込んだよね。

(リサ) 慰めてもらいました…(笑)。

──そうだったんですね(笑)。しかし、おふたりの絆の深さを感じさせられます。

(リサ) 受験期のみならず、コンクールや試験が近いときはお互いがお互いのレッスンをすることもたくさんありました。

(彩) ずっとふたりで頑張ってきたので、励まし合ったり悩みを共有したり、本当になんでも話せちゃいます。一心同体です。

──姉妹ではありますが、時には先生?友人?ライバル…さまざまな関係性がおふたりの中に存在していたんですね。デュオの活動は、小さい頃からずっとされていたのですか?

(リサ) ピティナ?ピアノコンペティションのデュオ部門を一緒に受けたり、小学生の頃から連弾などはよくやっていました。ただ、当時は本腰を入れて連弾の曲を仕上げる…というより、ソロの練習の合間に、遊び感覚で一緒にピアノを弾くことが多かったです。

(彩) 初めて一緒に弾いたのは、私が6歳でリサが4歳の頃でした。そこからもうずっと。

(リサ) ふたりで活動している間も友達や他の人と連弾や2台ピアノの曲を弾くことはありましたが、やっぱり全然違うんですよね。姉妹だと遠慮せずに言いたいことも言えたりするし、色々と察してくれることもあるので。

姉妹で初めて連弾したときの様子

──デュオ活動を行う中で、息の合ったアンサンブルを実現するために普段から心がけていることなどありますか。

(彩) 私たちはとにかくイメージを共有することを大切にしていて、本当にちょっとした経験とか感じたこととかでも話すようにしています。

音楽を作る中でも、同じ表現の方向性にするためにストーリーを考えることもあります。

──ストーリーと言いますと、登場人物も出てくるのでしょうか。

(リサ) そうですね(笑)。連弾だと低音域?高音域で役割が分かれているので、男女で分けてみたり。ちょっとちょっかいを出してみるけど、振り向いてくれない…みたいなやり取りがあったり。大体ではあるんですけど、お互いがしっくりくるような曲に沿ったストーリーを考えることも多いです。

(彩) やるかやらないかで、全然違います!

──譜面上の情報だけではなく、ある意味、人と人とのコミュニケーションとして音楽の流れを捉えられているんですね。ちなみに、ケンカとかしないんですか…?

(リサ) 普段は本当に仲が良くてお互い知らないことはないくらいなんですけど、音楽の方向性は結構真逆で、やりたいことが合わないときもあります。なので合わせになると、一気に空気がピリピリすると言いますか…。お互い譲らないので!

(母) 合わせをしているところに入りたくない感じです。向こうに行っておこう…ってなります。

(彩) 自分の分身としか思ってなくて、人に言うというより自分に言っているような感覚になるんですよね。

(母) 何回か「姉妹だと思わずに、お友達だと思って合わせをしてみたら?」と伝えたこともありました。あまりにもどんどんぶつけ合うので…。

ただ、「練習のときにやっておかないといい演奏はできないから」って言われて、それからは見守ることにしました。

(父) 今でも、もうちょっと優しい言い方にしたら?と思うことはありますね(笑)。

やっぱり人とぶつかることって、大きなストレスじゃないですか。でも、音楽家として活動しているふたりなので、家内と一緒に見守ろうかなぁと。

(彩?リサ) 気をつけます!(笑)。

──先日、第70回ミュンヘン国際音楽コンクール ピアノデュオ部門にて、第3位?聴衆賞を受賞されました。おめでとうございます! 日本人初の受賞となりましたが、そのときのお気持ちはいかがでしたか。

(リサ) ピアノデュオにおいて最難関のコンクールと言われているので、ずっと長い間ふたりで目標にしていました。受賞できて本当に嬉しかったです。

(彩) デュオ部門は6年ぶりの開催で、この機会を逃すと次回は年齢制限で受けられなかったんです…。ある意味、最初で最後のチャンスだった今回、無事に結果を残すことができてよかったと感じています。

第70回ミュンヘン国際音楽コンクールにて
?Daniel Delang

──彩さん?リサさんが受賞されたとき、ご両親はどのようなお気持ちでしたか。

(母) 私も一緒に現地に行っていて、「きっと大丈夫」と祈りながらずっと聴いていました。でも、出場されている皆さんそれぞれが本当に素晴らしい演奏をされていたので、誰がどうなるかわからないよね…って。

ファイナルの演奏の後、会場で結果発表を待っていたのですが、受賞の報告を聞いたときには本当に嬉しかったです。

(父) 私は日本にいて、オンライン中継で観ていました。結果発表の連絡が来たときは、それはもう嬉しかったですよね。

(母) 主人も、最初からずーっと出演されていた皆さんの演奏を聴いていたんです。

(彩) 昼夜逆転で生活リズムが心配だった(笑)。

──お父様は日本からおふたりの演奏を聴いていて、どうでしたか。

(父) 音楽的に本当のことはわからないけど、よく弾けていたので「いいかも!」とは思っていました。セミファイナルの直前まで体調が優れなかったという話を後から聞いたのですが、全然そんなことを感じさせない様子だったので驚きました。

(母) 特にリサは本番の1時間前になっても、ホテルから出られないくらいだったんです。緊張で体調が不安定になってしまって、ベッドから出られず…。彩は先に会場に行って準備していたのですが、練習もせず安静にしていたら係の人が「そろそろ順番です」って呼びに来ちゃって。

セミファイナルは演奏順が1番だったこともあって、大変だったよね。

(リサ) いつも舞台に出ると普段通りに戻るんですけど、それまでは苦しいというか。

(母) もうギリッギリでした! でも、今思えば小さい頃からずっとそうでしたね。ステージに出るとニコニコ?ってしているんですけど、それまでは毎回ものすごく体調を崩しているような…。

(リサ) でも、終わったら「楽しかったー!」としか思わないんです!? もう、自分がよくわからないですね(笑)。

──彩さんは本番前に緊張で体調を崩されることはないのでしょうか。

(彩) もちろん緊張はするんですけど、ここまでではないですね。特にデュオで活動するようになって、妹が毎回こんな感じなので(笑)。

──ある意味、バランスが取れているような気もしますね!

(彩) そうですね、ふたりで倒れないからよかったです!

──おふたりは現在ドイツ国立ロストック音楽?演劇大学大学院ピアノデュオ科に在籍されているとのことですが、修了後は日本に戻って活動を続けられるのでしょうか。

(彩) 来年の1月が修了試験で、その後ドイツに残るか日本に戻ってくるかはまだ考え中です。

──ご両親としては、日本に帰ってきてほしい気持ちもあるのでしょうか。

(母) 帰ってきてくれたら本当に嬉しいんですけど、本人たちの人生なので、やってみたいと思ったことは納得するまでやってほしいなとは思います。

ドイツの先生は「当然残るよね」って感じで、その後のことも親身に考えてくださっています。

──おふたりの率直な気持ちとしては、いかがでしょうか。

(リサ) 大学院の次に国家演奏家資格という課程があって、そこに進むとあと2年間は勉強できるんです。今ドイツで習っている先生もご兄弟のデュオなので、レッスンで得られる学びが本当に大きくて。

私としては、残ってまだ先生のレッスンを受けられたら幸せだなぁとは思っているんですけど…。

(彩) ドイツを始め、ヨーロッパで演奏することがとても楽しいです。現地の空気感とか、文化とか、住むからこそ得られる刺激?感覚ってあるじゃないですか。やっぱり2年間はあっという間だったので、もう少し長くいたい気持ちもあります。

でも、日本にいると家族や友達もいるし、居心地もいいので、どっちも…ですかね。どこでもドアが欲しいです(笑)。

──最後に、藝大を目指しているご家族に、何か実体験を踏まえたアドバイスなどありましたら、お願いいたします。

(父) やっぱりコロナ禍によっていろんな価値観が変わってきて、芸術や文化がますます大切にされる“心の時代”になってきているように感じています。そんな時代において、芸術や文化を学ぶ環境として東京藝大は素晴らしい学校です。そこを目指したいとお子さんが言うのであれば、親としてはできる限りの応援をしてあげてほしいなと思います。

ご家庭によってさまざまな事情もありますし、受験に向けてはもちろん、卒業した先も経済的に大変な部分はあるかもしれませんが…。

(母) 藝大を受験するとなると、並大抵のことじゃないというか。本当に大変なことだと思いますが、やっぱり1番頑張っているのは受験生本人なんですよね。

このふたりを見ていても、小さい頃からずっと努力をし続けていて。私はこれまでの人生でそういったことをしたことがなかったので、本当に偉いなぁ、すごいなぁって思っています。

音楽をやっている親御さんは専門的なアドバイスができると思うのですが、私達のように素人同然の親にできるのは、ただただ子どもたちのサポートをしてあげることです。

なので、まずは陰から、今何をしてほしいかな?って子どもたちの様子をしっかり見守りながら、とにかく色々口を出さずに応援してあげること。そうすることで、子どもたちも今以上に夢に向かって、努力を重ねることができるのではないでしょうか。

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>>過去の「藝大生の親に生まれて」


文:門岡明弥